街の中心
フロレタリア作家葉山嘉樹の『海に生くる人々』の書き出しにあるように、ここははじめ石炭の積出港として重要視されました。
明治十三年(一八八〇)小樽が石炭積出港として、北海道最初の鉄道を敷いたが、日本海岸の港は大陸に近く、万一外国に封鎖されたときをお麟ぱザて、明治二十五年二八九二)石狩、空知の石炭を送り出せるように、岩見沢、室蘭間の鉄道敷設を急いだともいわれています。
北海道旅行で学びましたが、昔、アイヌの人たちはこの港を海豹入江と呼び、和人は冬に白鳥が多く集まるので、白鳥澗と呼び、現在の街の中心あたりを絵靹場所といったところで、室蘭といったのは絵靹場所の対岸の現在、元室蘭といっているところでした。